伊藤淳伝 -にぼし編-。
時は前後する。これは伊藤が始めて富士山へ登るおよそ4ヶ月前の話である (上の写真はラーメンを奢ってくれいる伊藤)。
事件とはいつも突然やってくる。あの時もそうだった。
伊藤の家に警察より一本の電話が入った。内容はこうである『元、伊藤家で父であったらしき人物の仏が発見されたので、至急ご確認をお願いしたい。』という。
「らしき」人物とはどういうことなのか。離婚を境に会うことも少なくなり、最後に会ったのは五年以上前になる。一体、父に何か起こったのか。伊藤は謎を解決するため虎口へ飛び込んだ。
虫の知らせ。
伊藤曰く、虫の知らせというものは本当にある。
父か父でないか定かではない仏を確認するために、案内されたアパートについたとき伊藤は虫の知らせを感じたという。
ある一室の窓だけ虫がびっしりと張り付いていたのだ。『初めて言った場所なのに、間違いなくあの部屋だと思った。虫が教えてくれた。』と後述した。
変わり果てた父との対面。
部屋に入った伊藤を待っていたのは死後三ヶ月を経過し、腐り果てた父だった。
『まじ臭かった』と、伊藤はこの時の経験をこう評したが、一般人は三ヶ月も放置された遺体を目にする経験がないため、それがジョークであるのかどうかの判断すら難しい。
仏は、コタツ机に座した状態であったそうだ。衰弱による孤独死。そう判断された。また、遺留品から伊藤の父であることも確定した。
仏の傍にはカセットデッキがあり、中のテープには伊藤が小学生のときにラジオの作文朗読コンクールに出演したときの声を録音したものが入っており、死ぬ間際をそれを聞いていたのではないかと推測された。ただ、そのテープは臭かったという理由で、残念ながら処分された。
伊藤、必至の選択。
突然やってきた父の死。伊藤を揺るがしたのは、翌土曜日の予定である。土曜日に通夜をし、日曜に葬式を行うことが決定した。伊藤は喪主である。
だが、伊藤には土曜日に大事な予定があったのである。そう、合コンだった。
伊藤は普段合コンへ行くことがなかったため、その日を誰よりも心待ちにしていた。しかし、突然現れた父の死。それは、どうすることもできない。
伊藤は勇気を振り絞り母に聞いた。
『やっぱり、通夜出んとまずいかな?』
答えは常識の通りである。
強くなった伊藤。
通夜では、なんだかんだで泣きに泣いた伊藤。ひとしきり泣いた後は、強くなった伊藤がそこにはいた。
この頃からだろうか、『死ねば土』と口ずさみ、行動が果断になっていったのは。この後、夏には富士山行きを決め、飄々とした人生を送り始めるのだった。