幻視者

19世紀前半のイギリス絵画は風景画の黄金期と呼ばれている。それを築き上げたのはジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナーとジョン・コンスタブルの二人であるが、この節ではターナーのみに注目したい。
モートレイクの公園
彼は18世紀に流行した特定の場所の景観を表した地誌的水彩画を描くことから出発して、おびただしい数の油彩や水彩や素描を残した。彼の描いた対象は『モートレイクの公園』のようなスコットランド湖水地方からアルプスの峡谷、水蒸気に煙るヴェネツィアからローマの古代遺跡のある景観まで多様である。
カルタゴを建設するディド
またテーマの点でも彼は風景を神話や歴史の舞台として描く歴史的風景画と呼ばれる分野の作品『カルタゴを建設するディド』や、ロンドン近郊の親しみ深い風景まであらゆる種類の風景画を描いた。そうした多彩な活動の基本にあったのは光の表現に対する飽くことのない情熱である。
霧の中をさしのぼる太陽:魚を洗い、売っている漁師
海上の漁師
雨, 蒸気, 速力−グレード・ウェスタン鉄道
彼は夕べの光、朝の光『霧の中をさしのぼる太陽:魚を洗い、売っている漁師』、月光の光、嵐の最中に射す一条の日の光『海上の漁師』、海上の船の灯火の光、火災の火の光、蒸気機関車の石炭の燃える光『雨, 蒸気, 速力−グレード・ウェスタン鉄道』などのあらゆる種類の光に魅せられ、生涯にわたってそれらの風景の中に描き続けた。
しばしば闇と対比的に描かれる光は、正確な観察に基づいきながらも一種の幻想的な雰囲気を生み、特に晩年の彼の作品においてはターナーの幻視者としての資質を示している。
もう聞き飽きたと思うが、これらも印象主義に大きな影響を与えたのである。